グランがガチで宇宙人というだけのお話



 エイリア石。
 『素晴らしい力』を手に入れられる一方、意味不明の超次元現象――つまり副作用によって謎の現象が起こることに定評のある、ハイリスクハイリターンの超資源。 宇宙最大と謳われる巨大エイリア石は、惑星エイリア最大の宝でした。

 比較的平和なエイリアですが、その事件は唐突に起こりました。
 石の副作用により、エイリア石緊急発射装置になっていたトイレのウォッシュレットのスイッチを皇帝がONしたために石は地球へタッチアンドゴー。
 エイリア石の力で宇宙征服を企んでいたエイリア皇帝ですが、手元に残ったのはポケットに入れたまま洗濯したことで無事だった小さな石だけでした。

 しかし転んでもただでは起きないのがこの皇帝。
 エイリア石の奪還と、『どうせ地球くんだりまで行くので』ということで、ついでに地球征服を計画。地球人はとんだとばっちりです。全責任が自分にあるだけに発覚を恐れ、皇帝はこれを極秘任務としました。
 それを任されたのはエイリアの未来を背負う若きハイソルジャーの少年。皇帝の息子であるグランでした。
「くれぐれもバレんように、内密に頼むぞグラン。お前の働きに期待している」
「分かりました。お任せください、父上」
 快く引き受けたグランは、餞別として最後のエイリア石を受け取ります。
 そして免許を取ったばかりの腕で宇宙船に乗り込み、単身で地球へと向かいました。事故りました。


 気がつけば、グランは地球人の基山ヒロトになっていました。エイリア石による奇跡かもしれません。まるでクローンか双子かと思うほど、グランとヒロトは似ていました。

 このヒロトという少年はなかなか不幸な身の上でした。
 幼くして孤児になり、施設に預けられた後に現在の義父にひきとられ、その後事故で植物人間生活。
 意識を取り戻す可能性は絶望的。しかし死ぬまで命を繋ぐだけの運命にあった少年は、グランによって復活しました。
 少し複雑ですが、すんなり潜入できたことはグランにとってもラッキー。そもそもこの星を侵略しに来た身。このまま眠り続けるしかなかった一人の少年と、その家族を救えただけでもよしとする事にしました。

 更に運のいいことに、グランは地球に不時着したエイリア石をすぐに発見。それは基山ヒロトの義父の会社、吉良財閥が所有されていました。
 これを取り戻せば仕事は半分終了。しかしこの石の力を使って地球を侵略してから持ち帰ることが得策だとグランは考えました。

 そうと分かれば任務を遂行するのみです。持ち主である吉良星二郎には気の毒ですが、ここはせめて全ての真実を明かしてあげてから石を奪うことがせめてもの情けでしょう。
 ちょうど話があると義父の部屋に呼び出されたグランは、全てを打ち明ける決意をしました。
 星二郎の私室である立派な和室に招かれ、ザブトンというクッションの上でこの星特有の座り方ドゲザをして向き合います。
「ちょうど良かったよ父さん。俺も父さんに話が……」
「植物期間が長かったせいか、事故のせいか。お前は一部の記憶を失っていたのでしたね」
 基山ヒロトのポジションを強引に引き継いだせいか、グランが得た基山ヒロトの記憶は曖昧な部分がありました。無理やりグランの発言をさえぎった星二郎に彼らしくないと記憶と照合して考えつつ、グランは頷きます。
「うん、そうだけど。父さん、それよりも実は俺……」
「お前は覚えていないかもしれないが……私たちは遠き星エイリアから来た宇宙人として、このエイリア石を使って地球を支配するため活動していたんだ」
「えっ」
「ヒロト、お前はこれからグランと名乗りなさい。お前にも私の夢の実現を手伝ってもらう」
「えっ」
 地球征服計画、先越されてました。
 しかも設定がモロパクリです。

 実は正体がばれているのではないかとヒヤヒヤしましたが、本当に偶然の一致の模様のようです。
 こうして、遠き星エイリアから来た宇宙人グラン――のふりをした地球人基山ヒロト――のふりをした遠き星エイリアから来た宇宙人グラン、という非常にややこしい状況が完成しました。

 吉良星二郎が創立した星の使徒――通称エイリア学園は、サッカーを使って世界征服に乗り出すという一風変わった悪の組織でした。

 皇子のグランには幼少の頃から友人と呼べる存在はいません。冷たい父親、孤独な子供時代。そんな彼の心を支えたのがサッカーでした。朝から晩まで時間が許す限りサッカーをしていたほどです。地球でもまたサッカーができるというのは嬉しい誤算でした。

 エイリア石の力を得られて、地球も征服できる。しかもプランは全て向こうでやってくれる。サッカーができる。
 利害は一致するどころかいいことづくめだったため、グランは星二郎に従うふりをすることにしました。全てが終わった後に掻っ攫えばいいのですから。


 エイリア学園の戦士たちは、ヒロトが幼少期を過ごしたおひさま園の子供たちでした。
 病み上がりのせいか、ガイアというノンエイリア石のチームに入れられるという誤算もありましたが、そこはハイソルジャー。めきめきと頭角を現し、グランはチームのリーダーへとのし上がります。

 全て順風満帆と思われたエイリア学園生活。
 ところが、ここでグランにはどうにも無視できない問題が浮上しました。

「俺の知ってるサッカーと違う」

 そんな彼の記憶では、サッカーはボールを使ったシンプルなスポーツ。ボールを蹴り、敵チームのゴールに入れて点を取るというものです。靴のトゲトゲは敵チームを蹴るためにあるのかもしれませんが、比較的安全な遊びでした。
 罷り違っても、鳥類を召喚したり、星を操ったり、亜空間への扉を開いたりする超能力者必殺技激突バトルではなかったはずです。サッカーで悪事をはたらく以前に、はたらきようがないもののはずです。
 グランはカルチャーショックのあまり頭が爆発しそうでした。しばらく話しかけられても茫然自失状態でしたが、ただの屍になっている場合ではありません。

 『とりあえずサッカー強い奴は必殺技が出せて当然』というのが、この星の通常の認識。
 今、グランはハイソルジャーのずば抜けた身体能力に助けられ、チームの頭として認められるほどの実力です。しかし必殺技の一つも出せないとバレればクビレースまっしぐら。
 侵略しに来た本物の宇宙人のくせに戦力外通告とは、笑えない冗談です。

 焦ったグランは、頼りになりそうなウルビダというチームメイトに相談しましたが、
「必殺技?そんなもの、ボールが回ってきた時にTPがあれば後は気合でどうにかなる」
 まるで参考になりませんでした。

 そうこうしている間にどんどん周りはレベルアップしていきます。超人的な力を得ている彼らに、グランはコンプレックスを抱くようになりました。
 この星の人間でないグランは、そもそもTPなるものを持っていませんでした。

――必殺技ができないことから、正体がばれてしまうかもしれない。拒絶されれば、彼らを失うことになる。

 エイリア学園の仲間は同士であり、グランにとって人としても好感を抱く人物ばかりでした。そこで同志に囲まれ日々をすごすうちに、グランは彼らに仲間意識を抱くようになっていたのです。
 『義父から贔屓をされている』と難癖をつけられることもありますが、皇帝の息子であるが故に同年代の友人のいなかったグランにとって、彼らを嫌う理由にはなりませんでした。

 たった一人、知り合いのいない故郷から遠く離れた星から訪れた異星人。
 それを受け入れてくれた仲間たち。
 復讐に取り付かれ、亡くなった息子に重ねられているとはいえ、確かに感じる義父星二郎からの無償の愛。

 そもそも他の星への侵略行為はあくまで父――皇帝の命令であり、平和主義のグランの望むところではありません。地球侵略は、元々グランにとって遂行すべき任務でしかなかったのです。
 仲間と共に義父の願いを叶えたい。それが彼の望みでした。
 しかしその一方で、友達のいない自分の心の支えとなってきたサッカーを暴力の手段にすることに密かに心を痛め、疑問を感じていました。


「おいおい、また出かけるのか?」
 ユニフォームからこの星の一般人の服に着替えるグラン。出かける準備を始めたグランを見咎めたガイアの仲間たちは、傍に寄ってきました。
「今からかい?夜も練習はあるよ」
「遅れたら許さないクポー!」
「フン……せいぜい油断していろ。すぐにキャプンテンの座を奪ってやる」
 苦笑いを返して、グランはドアに手をかけました。
「大丈夫、すぐ戻るよ」

 何はともあれ、目下やらなければならないことは必殺技の取得でした。

――もしかすると、この星で生活するうちに出来るようになるかもしれない。

 そう考えたグランは、仲間の目のある星の使徒本部から抜け出し、必殺技の特訓をするようになりました。仲間に必殺技が出来ないことを悟られては元も子もありません。
 しかし努力は身を結ばず、身体能力とサッカーの技術を磨くだけの特訓にしかなりませんでした。


 途方にくれたグランは、外出したもののいつものように特訓する気も起きません。気づけば知らない学校のグラウンドへたどりついていました。
 今はレーゼが率いるジェミニストームが各地の学校を破壊しているはずですが、ここはまだ難を逃れているようです。
「セカンドランクは大変だな。……ん?」
 耳を打ったサッカーボールの音。
 そこには広いグラウンドに一人でサッカーの特訓をしている少年がいました。特訓の内容から、彼が中々の腕を持つことが分かります。
「普通の地球人か……。そうだ、彼に相談してみようか」
 エイリア以外の人間のアドバイス。何か得るものがあるかもしれないと考えたグランは、少年に話しかけました。
 この時は必死で気づきませんでしたが、これがグランの初めて自分から行った地球人へのコンタクトでした。

 サッカー馬鹿同士、通じるところのあったグランたちはすぐに打ち解け、二人の会話は弾みました。
「俺たち、日本中をまわってサッカーの強い奴をスカウトしてるんだ」
「そっか……。じゃあ、もう守と会うこともないかもしれないんだね」
 グランはこの一夜の出会いをとても惜しく感じました。贔屓と言われ避けられる傾向があるとはいえ、ここまで馬の合う人間は彼が初めてでした。
「なーに言ってんだよヒロト!サッカーを続けていればまた会えるさ!」
「……そうだね」
 グランの悩みも吹き飛ばしてしまいそうな笑顔に、つられてグランも破顔しました。
 初めてのともだち。宇宙人ネームを名乗るわけにはいけないと分かっているものの、本当の名前を呼んでもらえないことはやはり寂しいものです。基山ヒロトと名乗ったことをグランは少し後悔しました。

 しかしポジティブな返事をするものの、彼――円堂守も一期一会の縁を惜しんだのでしょう。少しだけ表情を翳らせて、実は悩みがあるのだと告白しました。
「初めて会ったやつに、こんなこと言うなんてどうかと思うけど……。でもヒロトになら、言えるって思ったんだ。誰に言ってもどうしようもないことだし、結局は誰かに聞いてもらいたいだけなんだよな」
 ……あ!迷惑じゃなければ、でいいんだけどな!
 そう付け足して、守は茶化して重い空気を誤魔化します。しかし守が真剣に悩んでいることはグランにしっかりと伝わりました。
「もちろん。守が悩んでるなら何でも聴くよ」
 相談するつもりが相談される側になっていることに気づき、奇妙な気分になりながら、グランは自分でよければと了承しました。
 守は感謝の言葉を述べると、彼らしくない力のない口調で語り始めました。
「実は、信じてもらえないかもしれないけど――」
 守は一度言葉を切り、気合を入れるように両手で頬を挟むように叩き、一呼吸置きました。うつむいていた顔を上げ、真っ直ぐな目で守はグランを見つめます。
「俺……もしかしたら、こことは違う世界から来たかもしれないんだ」
「えっ」
 思わず絶句するグランに追い討ちをかけるように、守は続けました。

「なんでこの世界のサッカー選手って、火とかペンギンとか出せんの?」
 それはグランと全く同じ、切実過ぎる悩みでした。





 円道少年かく語りき。
 時は遡り、フットボールフロンティア開催間近のまだ弱小サッカーボール部のころ。天才ストライカー豪炎寺修也を口説き落とし、帝国学園に逆転勝利。守が浮かれていたある日の練習で変化は起こりました。エースストライカーのボールが燃えたのです。原因は分かりません。目の前で派手に自然発火が起こったというのに、それを疑問に思っているのは守だけでした。

 その時から、守の周りでは不思議なサッカーが繰り広げられました。付き合いの長いチームメイトがドラゴンサモナーになっていたり、幼なじみが人間の限界を超えた速さでフィールドを駆け抜けたり。しかも超人技を持つのは他の学校の選手も同じでした。

 現状は全く理解できないものの、切実な問題として自分はキャプテンであり、唯一のゴールキーパー。しかもFFが始まる日はすぐそこ。混乱する暇もなく、反則シュートを止める力を得る必要がありました。
 それこそ血の滲むような努力をして、守はトンデモシュートを受け止めるための特訓を繰り返しました。しかし守はグランと同じく、生まれつきTPを溜めることのできない体質でした。いくら特訓を繰り返しても、自分がやっていたという必殺技の話を聞いても、祖父の残したと言うノートを読んでも、決して努力が報われることはありませんでした。
 しかし特訓は思わぬところで実を結びました。FFで彼はシュートを全て通常キャッチで守りきり、チームを優勝に導いたのです。必殺技に回される何らかの力が肉体強化として働いたのかもしれません。

 グランはエイリア石が地球に落ちた時に、その不思議な影響をこの星に与えたのではないかと考えました。彼が言うように守が別の世界からやってきたにしろ、守だけがエイリア石の影響を受けなかったにしろ、原因は他に考えられません。

 語り終えて一息ついた守は、肩の力を抜いて空を見上げます。彼の目にこの世界はどう映っているのだろうとグランは考えました。
「最近はこんなサッカーがすっかり当たり前になってさ。これはこれで面白いし、スッゲー燃えるなって思えるようになったんだ。でもさ、影山みたいにサッカーを利用して悪さをする奴もいる。エイリア学園の侵略があってから、改めてそのことを考えるようになったんだ。俺の知っている世界では、こんなことなかった。サッカーにそんな力はなかったから」

――守は全てを話してくれた。俺も、本当のことを話したい。
 初対面のグランに包み隠さず無防備に秘密を打ち明ける守に、誠心誠意応えたいとグランは思いました。
「俺、サッカーが好きだ。だからサッカーがこんなことに使われるのは、やっぱり嫌なんだ」
「そうだね。俺も嫌だ。……ねえ、俺の話も聴いてくれる?」
 グランは、彼がエイリア学園の邪魔をしている雷門中のサッカー部の人間だと気づいていました。しかしそれでも自身のことを打ち明けました。

「すげーなグラン!お前、宇宙人で王子様なのか!」
 守は疑うことなく目を輝かせました。彼が世界の壁を超えたことを考えれば、同じ世界の星から星へと移動することなどたいした問題ではないのかもしれません。
 二人はこの星、この世界の超次元サッカーの愚痴と面白さを語り合いお互いが似た境遇であることを確かめました。

グランが素性を明かしたことは、少なからず一期一会の縁という投げやりな気持ちもあったのかもしれません。ただエイリア学園のいざこざに彼を巻き込んではいけないと考え、自分がエイリアの関係者だと言うことは伏せていました。
「なあグラン、まだ時間あるか?サッカーやろうぜ!」
「……うん!」
――名前を呼んでもらるって、こんなに嬉しいことなんだ。
 いつかエイリア学園の皆にも、自身の本名だと知って呼んでもらえる日が来たら。……そして、彼らを本当の名前で呼ぶことが出来たら。
 淡い夢を描きながら、グランは守の誘いに頷きます。楽しそうにボールを蹴る二人の間に、世界の壁はありませんでした。



 翌日の朝。
 何の因果か同じテーブルで朝食をとることになった、グランと同じくマスターランクのキャプテンであるバーンとガゼル。食堂に席がなくしぶしぶグランの座っていたテーブルに同席することになった二人は、いつものようにグランに喧嘩を売ろうと荒を探しました。ところが一瞬で二人の目を奪った物体によって、しばし二人の口は塞がれることになります。
「……グラン。おい、グラン納豆」
「うん……」
「何してるんだよ、君。ちょっとそれ、納豆」
「うん……」
「いや、うんじゃなくて。納豆かき混ぜすぎてカニ味噌みたいになってんぞ。つーかそれ、本当に納豆か?」
「気持ち悪いんだよ。見るだけで食欲が無くなってきた。やめてくれ」
「うん……」
 しかし二人に制止されてもグランの手が止まることはありません。豆の原型は完全にノーザンインパクト。二人は幼少期に鉄分摂取のために食べさせられたレバーのペーストを思い出し、更に食欲を無くしました。

 明らかに様子のおかしいグラン。面白がって馬鹿にできるレベルの症状ではありません。
 通りすがりのプロミネンスのメンバーに確認したところ、誰より早く食堂にやってきて、延々と納豆を混ぜ続けていたらしいのです。
 どう考えても普通ではありません。ここまでくると二人はさすがにグランの心配をせざるをえませんでした。頭の。
「とりあえず、それ捨てろ。ほら、新しいの食えばいいじゃん」
 バーンは封を開けていない納豆と謎の物体をすり替え、視界から排除することに成功しました。
「そんなに丈夫な棒で納豆を混ぜるからそんなことになるんだ。こっちを使いなよ」
 ガゼルは同じ惨劇が繰り返されないよう箸を奪い、代わりに2本の爪楊枝を持たせてやりました。すると二人のもう止めてくれという気持ちが通じたのか、グランはようやく生気のある顔になりました。
「ありがとう。なんだか君たちと話していると、ジャーンとダゼルを思い出すよ……ウッ懐かしくて涙が」
「誰だよそれ」
 二人はグランにとってジェネシスの座を奪い取るライバル。しかしグランは二人を見て、故郷にいる腹違いの兄弟たちの不器用な優しさを思い出しました。

 守――友達との対立は、自覚すればするほど辛いものでした。
 侵略される側の人間である守と親しくなることで、グランはどれだけ惨いことをやっているのか思い知らされ、身を切られるような心地でした。まだ侵略を実行し、雷門イレブンと対立するのは別チームだというのに。

 そしてその実行チームであるセカンドランク、ジェミニストームの敗北の報せが届いたのは、そのすぐ後のこと。星の使徒本部に駆け抜けたその報せは、まさに青天の霹靂でした。
「エイリア石の力を得て、何故負けたのか」
「所詮はセカンドランクか」
 ジェミニストームは――ジェミニストームチームの子供たちは、記憶を消されてエイリア学園から追放されました。
 そしてそれに続く悲報。デザームが率いるイプシロン、ガゼルが率いるダイアモンドダスト。彼らもまた、雷門イレブンに敗れました。
「雷門イレブンだ」
「雷門だ。またやられた」
「まさか、エイリア石なしで俺たちと渡り合うっていうのか!?」
――次はガイアか。いや、プロミネンスならば……。

 星の使徒本部で多くの思惑が飛び交う中、星二郎はついに選択の時を迎えました。
「ジェネシスはガイアだ。頼んだぞ、グラン。愚かな雷門イレブンを倒し、私たちの力を世界に示すんだ」
「……はい、父さん」
 勢いに乗った雷門イレブンをとめるべく、選ばれたチームはガイア――ジェネシスでした。

 星二郎の野望のために侵略されるこの星。
 追放されたジェミニ・ストーム――同じ、エイリア学園の仲間。
 疑問は尽きないものの、グランは義理の父を責めることは出来ませんでした。


 
 陽花戸中を前座とばかりに倒し、続けて行われた雷門イレブンとの対決。
「遅いな」
「スローだね」
 星二郎の期待に応え、ガイア――ジェネシスは圧倒的な実力差見せる形で試合の前半を終えました。
「雷門イレブンとはこんなものか。これに後れを取るとは、やられた奴らときたら……とんだ面汚しだ」
「ああ……貧弱すぎる」
 敵チームのデータを受け取っていたグランは、敵チームのキャプテンは円堂守だと確認していました。そして守も、装いは変われどグランと呼ばれた少年を自分が知るグランと同一人物だと理解しました。
「なんでだよ、グラン!どうして、こんなことを……!くそっ、止められなかった!まだだ……まだ戦える!!」
「ああ、その通りだ円堂!」
「やってやろうよキャプテン、僕たちのサッカーをさ」
「おう!」
 守の周りには人が、仲間が集まります。形ばかりのキャプテンのグランとはまるで正反対の光景でした。

 強烈なシュートを受けながら立ち上がる守は、こんな状況でありながら以前に会ったときと変わりませんでした。ポジティブで、何があっても諦めない強い心。それを折らなければならない使命が、グランは憎らしくてたまりませんでした。

――守。こんなのちっとも楽しくないよ。あの時は違った。君とのサッカーは、もっと……。

 本部の研究員から受け取った守のデータには、彼が必殺技を使った記録が残されていませんでした。それは誰が見ても奇妙なデータであり、そしてグランとの共通点でした。
 エイリア1の身体能力を誇りながら必殺技を使わないグランは、キャプテンでありながらウルビダにエースを奪われていました。一見、必殺技を使わないことにこだわるグランに不信感を抱く者もいます。


『グラン』
「――はい、父さん」
 試合後半の直前に突如入った養父からの通信。ジェネシスのメンバーは浮き足立ちます。中には一人だけ特別扱いを受けるグランに、あからさまに嫉妬の目を向ける者もいました。
『本当は星の使徒本部に招いて大々的に中継、宣伝したかったのだが……計画が狂った。雷門イレブンを潰してしまいなさい』
 首を傾げるグランに突きつけられたのは予想だにしない命令でした。
「どういう、こと……?」
 目の前が真っ暗になるような感覚。震えそうになる声を必死に抑えて、グランは言葉を返しました。
『彼らの成長スピードは脅威だ。もはや悠長に引き立て役として育てている場合ではない。二度と立ち向かってこれないよう、二度とサッカーなんてできないように体を壊してもかまわない。そういう意味で、潰せと言ったんだ』
「俺、こんなサッカー嫌だ」
 衝動を抑えようと考える過程もなく、その言葉は自然と口を突いて出ていました。星二郎がハッと息を呑んだ様子が通信機越しに伝わってきてようやく、グランは自分が何を言ったのか自覚します。

「グラン!!お前……自分が何を言っているのか分かっているのか!?」
 ウルビダに襟首を掴まれ、揺さ振られるままになったグラン。上手く頭がまわらないまま、彼は思ったことを口にしていました。
「おおおお俺は父さんが好きだ。エイリア学園のみみっグフゥッみ、みんらが好きだ。守が好きだ。そしてサッカーが好きなんだうぐぇっ。俺は好きな人を傷つけたり、好きな人が好きなもので何かをウグゥ〜ッ傷つけ、る、ことに耐えられ……な…いっ!ハァハァ……そんなことしたくないんだよ、ウルビダちょっやめて舌噛む」
「それがなんだ!そんな中途半端な覚悟でジェネシスのトップをやっていたのか?笑わせるな!……私は父さんのためなら、そんな痛み何度だって耐えてみせる!」
『グラン』
 星二郎の一声で、ウルビダはようやくグランから手を離しました。というより、捨てました。
 すっかり生気を奪われたグランは苦労して息を整えながら星二郎の通信に答えます。
「な、なに……父さん?」
『お前の以前の身体検査で気になるところがあったから、その後少し調べさせてもらった。お前……ヒロトではないのか?』
 グランと守は思わず目を瞠りました。
『お前はあれほどサッカーの実力がありながら、必殺技を使おうとしなかった。分析させたところ、お前には必殺技をつかうために必要な力が備わっていないのだという結果が出た。地球上の人間にはまずありえないことだそうだ。……もう一度聴くぞ、グラン』
 ジェネシスのメンバーはもちろん、雷門や陽花戸の生徒まで、誰もがグランに視線を向けて星二郎の言葉を待ちます。
『お前は、何者なんだ?』
 上手い言い訳でも思いつけば、迷いも生まれたのでしょう。しかし妙に凪いだ胸の内と冴えた頭では、醜い言い訳は何一つ思い浮かびませんでした。

――もう嘘は吐きたくない。だってどんなに頑張っても吉良ヒロトにも基山ヒロトにもなれない。そうだ俺は……ただのグランなんだから。
 グランは、奇妙な偶然の重なる真実を語りました。


 グランの告白によって震撼したエイリア学園は、試合半ばで撤退しました。しかし混乱の中、彼らに受け入れられることのなかったグランは行き場はありません。グランはその場に取り残されました。
「捨て宇宙人かー。捨て宇宙人ってなんかうけるね。あはは」
「おいやめろ吹雪やめてやれ、泣いてるだろ」
「うっ、父さん……みんなぁ……」
 地べたに座り込んで涙をこらえるグランの前に、手が差し伸べられました。
「……守?」
「ほら。立てよ、グラン!」
 手を借りて立ち上がると、そこには初めて会ったときと同じ笑顔の円堂がいました。グランが礼を言うと、守は一つ頷きます。そして雷門のメンバーに真剣な顔をして向き直りました。
「みんな、聴いてくれ。グランは、俺の友達なんだ」
「守……!?」
「今も俺たちを助けてくれた。悔しいけど、あの後俺たちがエイリア学園に勝てるかは難しかった。もちろん、やってみれば俺たちが勝ってたかもしれない。でもいま陽花戸中が破壊されなかったのは、こいつのお陰だ。だから――」
「円堂、だがこいつは……」
「そうだ!俺たちを油断させるための演技かもしれねぇんだぞ!」
「分かってる。でも、俺はグランの力になりたいんだ」
 チームメイトから制止を受けても、守の決意は揺らぎません。嬉しい反面、グランは守の立場を心配しました。しかし今そんな発言すれば守の気持ちを踏みにじることになります。結局、何もできずにいました。
「それに俺は……俺も、グランと同じなんだ。皆に黙ってたことある」
 グランは守の意図に勘付きました。
「駄目だ、守!俺は君のその気持ちだけでもう充分だよ。君まで俺と同じ思いをすることはないんだ!」
「なんだよ、まさか円堂まで宇宙人だとか言い出すんじゃないだろうな……?」
 グランは庇うように円堂の前に出て、大きくかぶりを振りました。
「違う!守は地球人だ!」
「ああ、俺は地球人だ。ただ……俺が生まれた場所とこっちのサッカーは、ちょっと違うんだ」
 その違いが本当はちょっとどころではないことは、この後彼の口から語られることになりました。

「話は分かった。……が、ちょっと待て。その前に皆に俺も一つ、はっきりさせておきたいことがある」
 しんと静まりかえり、円堂が受け入れも拒まれもされていない中、鬼道が手をあげました。
「実はちょっと前から、突然周囲の人間の性格やステータスが変わったり、居たはずの人間が居なくなり、居るはずのない俺の実妹が居る。これはどういうことだ?何より周囲の認識している俺の性格がだいぶ違う。気まず過ぎて空気を呼んで合わせてみたものの……円堂、正直今もお前のことをクズと呼びたくてしょうがない。もしや俺も円堂と同じく、違う世界に来てしまったのか……?クッ……一体どうなっている!?なんとか言えクズが!」
「鬼道……お前、俺の知ってる鬼道じゃなかったのか。だから急に髪型がちょっと無重力仕様になったんだな。気づかなくて悪かった。イメチェンかツッコミ待ちかと思ってた」
 円堂が混乱する鬼道の肩を叩いてやると、また別の手が挙がった。
「豪炎寺、どうした?」
「円堂、この際だから俺も言っておく。俺は昔から火が駄目なんだ。トラウマなんだ。正直チャッカマンでギリギリ。マッチは論外だ」
「えっ……じゃあ、ファイアトルネード打つ前後にメチャクチャ足腰震えて冷や汗ハンパなかったのって……」
「ああ、もちろん武者震いじゃない。単にびびっていただけだ。正直ファイアトルネードを打っているときの記憶がない」
「そういえば、俺の知ってる豪炎寺は必殺技を打つときに白目を剥くことがあったが……まさかそんな事情があったとは……」
 豪炎寺はキリリと顔を引き締め、女子ファンが卒倒しそうな良い笑顔で親指を立てた。返す言葉の見つからない円堂と鬼道は、とりあえず親指を立て返した。
「あの、俺もいいか?」
「あ、俺も俺も。実はさぁー」
 何故か暴露大会のような流れになってしまい、次々にあがる手と相次ぐカミングアウト。
「俺、実は超能力が使えるんだけどさ。中途半端な能力だからバラしても特にどうしようもないと思って黙ってたん……」
「俺も実は帝国の佐久間とは腹違いの兄弟なんだ。片目の髪型にしたり眼帯つけさせたりで、キャラ立てて誤魔化してたんだけどバレてなかったか?下の名前が微妙に近くてハラハラしてたんだが。ほら、一郎太と次郎だろ。俺はともかく、あいつは上に兄弟居る感バリバリだろ?髪の色も小さいときは似ててさ……あっ鬼道。いつも弟が世話になっていたな」
「いや、俺は多分その佐久間の面倒を見た鬼道じゃないぞ」
「僕も実は二重人格のケがあって……。もう一人の人格にのっとられそうになって、最近めっきり鬱病一歩手前だったよ」


「――と、とにかく……俺たちは、仲間だー!!」
――オオーー!!
 なんだか大変なことになってしまったけれど、守が仲間に受け入れられて良かったとグランは思いました。

 この妙な連帯感に流されて、グランはめでたく雷門イレブンの仲間入りをし、なし崩し感が否めないものの心が一つになった雷門イレブンは無事ジ・アースを完成させました。
 後にこの場に駆けつけた雷門中の監督・吉良瞳子が基山ヒロトの義姉同然の人物と判明するなどひとハプニングがあったものの、グランは雷門イレブンの一員として受け入れられたのでした。


 全国をまわっていたイナズマキャラバンは東京に戻り、最終決戦まで調整を行うことになりました。
 そして敵の総本山である富士の樹海にある本部に乗り込む前日。「ぜひ地球の家庭料理を味わってほしい」と円堂家に招かれ、グランは初めて『友達の家にお泊り』を体験しました。
 風呂を借りて、生乾きの髪のまま夕食をご馳走になるグラン。円堂親子の食卓に同席し、一口につき30回噛みながら一生懸命ご飯を食べている姿は、どう見てもただの中学生です。
「ウフフ、嫌だグランくん。箸の持ち方、逆よ」
「ええっ!?……本当だ、こっちの方が食べやすい!もう、どうして言ってくれなかったんだい、守?」
「ふは?はんはいっはは?」
「こらっ、食べながら喋らない!」
「いでっ!!やめてくれよ〜母ちゃん!友達の前で!」
「だったらちゃんとしなさい!もう、恥ずかしいんだから」
「ははは。うちの守はそんな器用なことできないよ、グランくん。ほら、これもどうだい?」
「そうみたいですね……わっ、そんなに食べられませんよ!」
 腹八分目どころか胃の限界まで食べることになり、グランはお呼ばれにありがちな洗礼をしっかりと受けました。

 食べれば後はやることもなく、二人は明日に備えて床に就くことにしました。お客様ということでグランは守のベッドを借り、守はその隣に布団を敷いて横になります。
「雷門のみんなとのごはんも楽しいけど、やっぱり庶民の家庭料理って違うね。なんていうか、すっごく優しいよね。温かい感じがする」
「そういやグランは皇子様だったっけ。やっぱりテーブルマナーとか、うるさいのか?グラン、食べ方綺麗だもんな」
「でも基本的に食事は一人で、しかも見張られるようにして食べるから、味気ないもんだよ。それより今日みたいな食事の方が俺は好きだな。肉じゃが、おいしいしね」
「だろー!母ちゃんの肉じゃがは宇宙一なんだ!」
 赤い髪の宇宙人は、今やすっかり地球になじんでいます。寝ることが惜しくて、ひとまず明かりを消したものの気づけば二人は夜遅くまで話し込んでいました。
「なあ、グラン」
「なあに?」
「お前を一人にしたくなくて無理やり仲間にした俺が言うのもなんだけど……よかったのか?今から断ってもいいんだぞ。今まで仲間だった奴と戦うことになるんだから……いや、今更こんなこと俺が言っても困るよな。ごめん」
「……あのね、守。俺、嬉しいんだよ。皆とサッカーできて……ううん、こんなに仲間ができて、かな。いままで、皇族っていっても色々あってね。俺はこの星に来て、立場の危うくて扱いづらい……悪い言い方をすれば、『身内の邪魔者』じゃなくなった。普通の子供になれたんだ」
 守はグランの顔が見えない位置に居ましたが、彼が自嘲ではなく、単に事実として受け入れて語っていることが分かりました。
「でも普通の子供になれたと思ってたから、大好きなサッカーで他の子より劣ってる。そう分かった時は辛かった。頑張れば誰でもできるはずの凄いサッカーがこの星にはあるのに、俺はできない。どんなに他でカバーしても総合的にはウルビダや他のフォワードには負けてる。それでも俺がキャプテンなんだから、贔屓って言われても仕方ないよね。……雷門イレブンに入ってからは、君と一緒に必殺技の特訓をやったけど、やっぱりだめだった」
 ハードな全体練習の後、グランと守は特別メニューを自らに課していました。必殺技の使えるメンバーの助言をもらうこともあります。
 しかしやはりTPがないせいか、最後まで努力が実を結ぶことはありませんでした。
「どんなに頑張っても必殺技は打てない。その力は努力しても得られない、俺には絶対に出来ないことだった。だから正直言って、必殺技を使えないことにすごくコンプレックスがあったんだ。でもね、一番つらかったのは自分の情けなさじゃなくて、疎外感だったのかもしれない。どうあがいても俺は宇宙人で部外者だって、思い知らされる気がしてさ」
「それは……分かるな。俺も、グランと出会うまで結構悩んでたから」
「でもね……守や雷門のみんなとサッカーしてて、分かったんだ。俺はやっぱりサッカーが好きだし、サッカーをしてる自分が一番好きだ。必殺技が出来ないただのサッカー。それが俺のサッカーなんだ」
「……ああ、俺もそう思う」
 かみ締めるように言う二人の声に、悲しみの色はありませんでした。

「そうだよな。俺は俺の、お前はお前のサッカーをするだけだ。……めいいっぱい楽しんで、な!」
「うん。…………みんなとも、できたらいいな……」
 守はグランのいうみんながエイリア学園の選手たちのことだと気づきました。しかし口を開く前にグランが寝入ってしまったことに気づいたので「そうだな」とだけ呟きました。





 士気が上がりっぱなしの状態を維持して特訓を重ね戦力アップした雷門イレブン。
 一行は星の使徒本部に乗り込みます。そしてマスターランクチーム――ガイア・プロミネンス・ダイアモンドダストからの選抜チームのカオスを辛くも破り、吉良星二郎の野望を阻止しました。

「この石に、私は狂わされていたのか。これは人が手にしてはいけないものなのかもしれない」
 吉良星二郎自らの手で巨大エイリア石は消滅。――誰の手にも届かないところへ破棄されました。
 グランもエイリア皇帝から託されていたエイリア石をそれに乗じて処分しました。

 まだわだかまりは残るものの、グランはエイリア学園のかつての仲間たち、そして養父と和解することができました。
 形ばかりといえば、そうかもしれません。しかし焦らずじっくりやっていけばいいと前向きにグランは考えました。今度こそ、誰でもない本物のグランとしてサッカーができるのですから。

「うーん……あれ?」
「どうした、グラン?」
 首を傾げるグランに、それにつられて守も首を傾げました。
「いや、何か忘れているような……。ま、いっか」
「それより、早くいこーぜ!皆待ってるぞ」
「……うん!」
「なあ、これからお前ってどこに行くんだ?やっぱり星の使徒の皆のところに戻るのか?」
「えーっとねぇ……」
 当然のように地球での今後の身の振り方を考えるグランの頭からは、すっかり故郷エイリアのことは隅に追いやられていました。




 彼らの最終決戦、そして和解の日より少し未来の日のこと。
 服役中の養父との面会後、グランは養父の様子を伝えるためにエイリア学園の元キャプテンを集め、ついでに近況報告会を行いました。
「そういえば姉さんに聴いたんだけど、研崎も父さんと同じ施設にいるみたい」
「へえ、あいつも待遇いいんだね。……あ、すみません。このチョコレートパフェ追加で。はい、今すぐでいいんで」
「あれで一応、社会の重要人物だからな。……おい涼野、冷たいものばかり食べていると腹壊すぞ」
「研崎って、あのガリガリのやばそうなおっさんか?エイリアとは全然関係ないところで、しょっぴかれたんだよな。あっ、俺のポテト!勝手に食うなよ!」

 職務放棄どころかすっかり地球に帰化したグラン。彼が故郷からお叱りを受けないことには理由がありました。
 エイリア皇帝は、クーデターを起こされて失脚。逃亡に使用したエイリア石の力によって研崎竜一――星二郎にエイリア石を与えた一連のエイリア事件の黒幕と中身が入れ替わっていたのです。
 実は皇帝がグランに渡していたエイリア石は偽者。彼が基山ヒロトの地位を手に入れた上に命が無事だったことは、本当に神の仕業か奇跡としか説明がつきません。幸か不幸か、自身が必殺技を使えるようになること以上の奇跡を起こしていることをグランが知ることはありませんでした。

「研崎……確か無銭飲食の疑いをかけられた末に逆切れして暴力沙汰起こした奴か。あまり記憶にないな」
「マスターランク以外は会うこともあんまりないしね。俺も縁薄だけどー……ま、悪事千里を走るってね」
「しかも相手が刺青のオッサンだったんだっけか。獄中から出てきたときに、生きてられんのかな」
「逃げるしかないよね」

 こうしてダークエンペラーズ編は水面下で回避されていたのでした。本当にちょっとだけ、ちょっと良い話でしょう?

「でも……はぁー、いよいよ明日かぁ」
 もったいぶったように言う元ジェミニ・ストームのキャプテン――緑川に、グランは頬が緩むのを自覚しました。
「へ〜、なにヒロト?嬉しそうだね?」
「そりゃあもちろん。だって、久しぶりに雷門のみんなと会えるし」
「あーあーいいよなー!お前らは!日本選抜なんてずっけーよ」
「いや、選抜って決まったわけじゃないし。まだ選手の候補試合に呼ばれただけだよねアイスうめぇ」
「そうだな……俺もまだ諦めたわけじゃない」
「えっ何?砂木沼さん何か企んでんの!?怖っ!何?なになに?」
 グランが見たところ、何かを企んでいるのは彼一人だけではなさそうです。これは油断して入られないなとバーン――南雲の侵略から自分の料理をガードました。
「チッ。……悔しいけど……お前らあの後すげー成長してたし、頑張ってたしな」
「ああ、せいぜい頑張れ。そして選考落ちろ」
「酷いなぁ。……まあ俺は俺のサッカーをやるだけだよ」
「出たな、本場宇宙人サッカー」
 砂木沼に茶化されるとは思わなかったグランに隙が生まれ、皿の肉の一切れはガゼル――涼野の口に入りました。
「本場って……まあこの星の人から見れば、宇宙人サッカーであることは否定しないけどね」
「なあ、お前の星のサッカーって、必殺技ないんだろ?それでどーやってサッカーするんだよ?」
「他に何か違うところはある?というか、それで客くるの?」
「あっ!俺も知りたい知りたい!」
「ええー?そうだなぁ……俺のところのサッカーはね……」



 これはそう昔でもない、つい最近に遠い星エイリアからきた侵略者の話。
 サッカーと家族と友達が大好きな、宇宙人のお話。


 (おわり)